夕張鹿鳴館(旧北炭鹿ノ谷倶楽部)(撮影:2008年10月11日)



 夕張鹿鳴館(旧北炭鹿ノ谷倶楽部)、夕張リゾートが夕張市にこの施設を返還し、
その後、市がこの建物を維持できず、ほかに引受先が見つからない場合、解体される運命が待ち構えている。
解体が決まった場合、自分の夕張鹿鳴館の撮影は今回、最初で最後となる。
その意味で、歴史の記録として、そして如何なる歴史が展開されたであろうとも、
自分の写真人生に残る全身全霊を打ち込んだ撮影だったことを記しておく。
夕闇が押し迫る中、時に1/3〜1/2秒といったSSを強いられている...すべて手持ち、三脚なしの撮影だ。
被写体を突き放すかのような超広角レンズの描写は感情移入の激しい自分の画風とは一線を画す。
しかし、客観的事実を残酷なまでに切り取るにはこの画角で正解だと思っている。
その意味で夕張鹿鳴館(旧北炭鹿ノ谷倶楽部)の最後の姿を最大限残せたのではないかと思っている。



※写真(サムネイル)をクリックすると拡大してご覧になれます(^^)



デジタル : OLYMPUS E-3 + ZUIKO DIGITAL ED 7-14mm F4.0(松の超広角ズーム)

フイルム : Zeiss Ikon + Carl Zeiss C Sonnar T* 1.5/50 ZM + 富士フイルム FUJICOLOR SUPERIA Venus400





 北海道文化遺産データベースより 〜 夕張鹿鳴館(旧北炭鹿ノ谷倶楽部)

■概要・見所

 1913(大正2)年に建設された旧北海道炭鉱汽船株式会社(北炭)が
来客接待用施設として所有していた鹿の谷倶楽部を施設整備し、観光施設として公開しているものです。
 北海道では珍しい本格的な和風建築で、当時の文化と建築技術の粋を集め、贅を尽くした作りになっており、
昭和天皇をはじめとする皇族の方々もご宿泊された歴史的な建造物です。
桜やつつじ、楓などが植えられている庭の眺めもすばらしく、
NHKの連続テレビ小説「すずらん」では、三丸炭鉱社長宅として使用されました。


【歴史的建造物/北海道大学建築史意匠学研究室・原朋教】

 北海道炭礦汽船(北炭)は炭鉱事業を集約化するため、
1913(大正2)年北海道支店を岩見沢から、夕張の出入口であった鹿ノ谷へ移設。
事務所に近接して現夕張鹿鳴館と幹部職員の社宅、合宿所さらには学校、診療所、テニスコートなどを設置しました。
来客接待のために建てられたこの建物は、中央に本館に続き、
東側第一別館は1916(大正5)年、西側第二別館は1919(大正8)年の増築。
1954(昭和29)年には昭和天皇が宿泊されました。
夕張市が1984(昭和59)年に取得、1992(平成4)年より公開。
北炭をはじめとする倶楽部の中で、道内最大規模の建築です。

[建設年]1913(大正2)年[構造]木造平家





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